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〒158-0095
東京都世田谷区瀬田4-11-31
TEL・FAX   03-3700-3829

 

 
 瀬田・玉川地域の歴史

 
この地域は、小田原北条氏時代は世田谷吉良氏の所領でありましたが、徳川氏江戸入城後は幕府の直轄地(天領)となり、寛永10年(1633)井伊直孝の領地となって明治維新に及びました。

 その後、明治22年に付近の7つの村と合併して誕生した玉川村の大字となり、昭和7年の世田谷区成立の際に玉川町と分離、玉川瀬田町となりました。その後町域変更を重ね、昭和46年に住居表示により各々瀬田、玉川となりました。

 また、現在、二子玉川(通称 にこたま)と呼ばれるこの地域は、駅を中心に様々な店と人で賑わっていますが、これはこの街の歴史と密接に結びついているようです。

 二子玉川は天保2年(1831)頃から「玉川八景」と称し、風光明媚な場所であり、今でいう人気スポットでした。多摩川沿いにはたくさんの料亭が立ち並び、夏の風物詩の花火大会は、元は料亭の客寄せの行事でした。

 明治42年頃、玉川電鉄は玉川神社のある丘の下の土地を借り受けて「玉川遊園地」を造り、二子玉川駅と瀬田駅との間に遊園地駅を設けました。この駅から1万坪にわたる園の入り口までには桜並木があり、園内には滝の落ちてくる池や藤棚、ブランコや乗り物、小動物のいるミニ動物園や、会社の運動会などの出来る広い運動場までありました。更に高台には玉川閣と名づける百畳敷の広い演芸場も建設されて、夜は芝居や浪花節会が催されたのでした。

 この様に昔からたくさんの人々が集まり、賑わいのあった街の性格は、今でも形を変えて、受け継がれているようです。

 



撮影の合間にスケッチをする
石原裕次郎さん(昭和40年頃)

 
多摩川の春を満喫する、芸奴さん(昭和初期)

玉川遊園地と玉川閣、後方は当社の森(昭和4年)

 
二子橋の路面を走る東急電鉄(昭和35年)